世界に出よう、世界で起業しよう

今、ここにある幸せ

人は慣れてしまう生き物なので(動物はなんでも)、便利な環境や豊かな環境にずっといててもそれに慣れてしまって、そのことに対して何とも思わなくなる。当たり前になって感謝の気持ちを持たなくなる。そして幸せとも思わなくなる。
失って初めてそれに気づく。違う世界、違う環境に身を置いて初めてそれに気づく。仕事にしても、家族にしてもそう。ずっとあることが当たり前になると感謝の気持ちを失う。だから、たまにそこから離れる期間を定期的に持つことで、ありがたみを再認識し、感謝の気持ちが生まれ、幸せな気持ちを確認できる。ずっと幸せな状態、満たされた状態だとそれが感じられない。その逆の体験、苦労や不幸な経験があるから、幸せや感謝の気持ちが芽生える。
だから逆境や苦労、不幸な経験は、人生を豊かにする経験の一つなのだから、それをも感謝するべきなのです。
色々な経験をすることで人生は豊かになる。その振り幅が大きければ大きいほど。満たされて幸せな毎日だけでは、本当の幸せを知ることができない。
そういう意味では、逆境や苦労も幸せな経験の一つなのである。(本当の幸せを知るためには必須)
振り返ってみて思い出に残ったりすることや人生の転機となったりするのは、そちらの経験の方である。ピンチはチャンスと言うが、私の人生を振り返ってみてもまさにそう思う。順風満帆な人生であれば、今の自分はないし、きっと面白くない人生だと思う。
失敗や逆境、うまく行かないことがあるから人生は楽しい。
どんな状況であろうと、今が幸せであり、今、自分がいるところが楽園であると思えることが、豊かな人生を送っていることなんだと思う。
物資的な豊かさではなく、心の持ちよう。
その心を持つためには、日常の毎日を離れ、非日常を経験するべきだし、今、住んでいる場所、家族、仕事を一定期間離れ、全然、違うところで生活をする、仕事をしてみるという経験が大切になってくる。
若い時に海外を旅して回った人(特にバックパッカーで)、海外で暮らしたことのある人は、それを経験していない人と比べ、人間力が強いと思う。
視野も広いし、多様な価値観を認めている。日本の閉塞感に対してちょっと距離を置いて見ることもできる。ずっと日本にいない私には、日本の閉塞感も含めて、楽園だと感じるし、夢の国であると感じる。そう感じられるのは、本当に幸せなことである。先日、フィリピンのセブ島の近くにあるカオハガン島という電気も水もガスもインフラが何もない島を訪ねたが、そこも自分には楽園だと思えた。物質的な豊かさは何もないけど、本当に住んでいる人たちの心が豊かで、自然の恵は宝物のような場所であった。今、高野山に来ているが、ここも楽園だと思う。自分が訪問する場所、暮らす場所、滞在する場所が楽園だと思えて、その日々の経験が人生を豊かにしてくれているなーと感じられることは本当に幸せなことである。

今、こんなに世界が近くなっていて、少ない予算で快適に泊まれる場所、仲間と巡り会える場所、交流できる場所もたくさん増えている。距離もコストも昔と比べればほとんどなく、国内旅行よりも気軽になりつつある。(言葉の問題さえなければ)
世界に出るべきです。日本にずっといるのは、もったいなさすぎる。

世界を旅しよう。世界で暮らそう。世界で起業しよう。世界で仕事をしよう。成功するしないは関係なく、その経験こそが、あなたの人生を豊かなものにすること、間違いなしです。そして、日本の素晴らしさ、日本人の素晴らしさを、再認識して、日本がそして自分自身が大好きになります。そして日々が充実します。本当に大切なものが何か、気づけるようになります。自分にとって大切なもの、幸せは、すぐ「そこ」にあります。それに気づくことができます。

日本に帰国して思うこと

久しぶりに日本に帰国して思うこと

3年ぶりに日本に帰国して思うこと。日本の素晴らしすぎるサービス、人、文化財等の素晴らしさに驚きと感動を覚えるとともに、世の中自体が、以前と比べても驚くべきスピードで進化をしているのが感じ取れる。世の中がいい方向に進んでいると実感、体感できる。これは喜ばしいことだ。数年前に、『世の中、こうあるべきなのに、、』と思っていたことが、実現されつつある。やはり、いいものはいいとして残っていくし、改善、進化をしていく。この発見は、私に自信を与えてくれるものだった。世の中がいい方向に進んでいるし、進んでいく。自分としては、自分が正しいと思う、あるべき姿を追い続けることで、いつかそれが実現される世の中が来る。そう思えるだけで幸せな気分になれた。

その一方、もう一つ感じたことが、便利すぎるこの世の中に、そして情報の多さ、刺激の多さに、みんなが麻痺してしまっているということ。みんな当たり前になっていて何とも感じなくなっている。そして何も考えず、日々、流されている。全てのことが10年、20年、そして50年前からしたら奇跡的なことばかりなのに、みんな感謝の気持ちや驚きもなく、普通に思っている。不満にさえ思っている。ネットを黎明期に始めた時に『これが、世の中を変え、精神的にも肉体的にも、豊かな世の中になる』と思ったが、現実はそうではなかった。世の中は確かに変わったし、驚くほど、便利になった。生産性は飛躍的に向上しているにも関わらず、精神的にも肉体的にも、より厳しい状況となっている。この先も、考え方、受け方を変えない限り、同じことの繰り返しだろう。どんな新しいテクノロジーが生まれても、人は精神的にも肉体的にも豊かになれない。

ただ、世界的に見ても日本の素晴らしさをより際立ってきている。日本の、日本人の素晴らしさが世界により認められて、世界を変えていくきっかけに、日本の伝統文化、技術、日本人が担う可能性は多分にある。そのビジネスポテンシャルの大きさと、私たちの可能性に、早く多くの人に気づいて欲しいものである。

マルチリンガル、マルチカルチャーでの子育てを考える

日本人の私たちが海外旅行をしたり、海外に住む理由。

それは、自分たちが日本人であるというアイデンティティの
再認識と日本、そして日本人の素晴らしさを再発見するためだと思う。

マレーシアに少し、暮らしてみて感じるのは、文化面や歴史の奥行きのなさ。
そしてそれは、そこに住む人たちの魅力に欠けてしまうように感じてしまう。

いろいろな人種、文化、習慣、宗教、言葉が入り交じる中、
感じるのは、そこの町や文化、習慣を形成する一番の根底に
なるものが、宗教や風習である。

マレーシアはイスラム教がベースとなっているし、タイは仏教である。

この宗教の違いだけで二つの国のベースとなる社会基盤的な部分は
大きな違いを見せる。

宗教がベースで習慣が形成されていくが、そこの気候や風土も
習慣や風習に大きく影響をしてきて、その宗教や風習が人の

人格形成にも大きく影響を及ぼしその国の民度、町づくり、
衛生面にも影響をしてくる。

そしてその宗教、文化、風習、民度はその国の言葉にも影響をし、
深みのある言語を育成させていき、その言葉がその国の人々の
文化レベルを高めることに影響をしてくる。

どのような環境で、どのような宗教観で、どのような言葉で、
どのような文化、風習の中で、生まれ育つかというのは、人格形成に
大きく影響する。

日本という古い歴史、奥行きのある素晴らしい文化、風習があるのに、
それを放棄して、外国の文化で育てる、外国語を学ばせて、日本語を
しっかりと学ばせない、日本の文化や習慣、食文化を学ばせないのは、
本当にもったいないことだと思う。日本人は世界で最も、歴史があり
奥ゆかしく、味わいのある文化、伝統をもった国であり人種であると思う。これは、誇りにするべきことである。

例えば、子供に英語が話せるようになってほしいからという理由で
小さいときから、マレーシアやフィリピン等に語学留学をさせるのは
日本人としてのベースが怪しくなり、何人かわからない大人になって
しまう。少なくとも日本では通用しない人物に育ってしまう。
(外国企業に就職をして、日本との架け橋的な仕事をするにはOKだが、
純粋な日本国内の企業への就職は、日本の大学に行かない限り難しい)

ただ、ずっと日本にいるだけでは、日本の素晴らしさ、日本人の素晴らしさを
認識することが難しい。(あたりまえになりすぎて)

だから、できることなら、日本と外国の両方の環境で育てて、日本の文化の
素晴らしさを体に染み付かせて、覚えさせることと、外国で異文化をたくさん
経験させて日本の素晴らしさを再発見することが大切だと思う。

0歳〜4歳ぐらいは、日本の田舎で育て、できることならおじいちゃん、
おばあちゃんにたくさん遊んでもらって育つのがいい。
この時の保育園は100%英語ベースの保育園で、このときから英語に
耳を慣れさせておくのがいい。

5歳〜7歳は、海外の幼稚園、小学校に入れて言語としての英語のベースを
固めるとともに、外国人の表現力の豊かさや、多様性を受け入れる能力を
身につけておいた方がいい。
この時に日本語の教育は自宅でしっかりと行い、週末は補修校などにも
通わせるといい。また、インターナショナルスクールが休みとなる
6月〜7月の2ヶ月間は、日本に帰国をして日本の小学校に一時的に通わせた方がいい。この時期の海外のインターナショナルスクールのおすすめ先としては
マレーシアのクアラルンプールかペナンである。学費が年間50万〜70万円ぐらいと安く、生活費も安い。2年ぐらいの滞在なら、あきずになんとかやっていける。

8歳〜12歳は、日本の学校に通わせ、日本語をしっかりと勉強させる。
外国の日本人学校でもいいが、やはり理想は日本の環境で日本の学校で
通わせる方が、日本の文化面も勉強できておすすめである。
この12歳ぐらいまでに第一の母国語としての土台をしっかりとつくって
おかないと、日本語も英語も中途半端な子供に育ってしまう。
まずは、日本人として言葉も文化面もしっかりと勉強させることが大切だと思う。

13歳〜15歳は、外国でインターナショナルスクールに通わせてもいいし、
日本の学校に通わせてもいい。外国にある日本人学校に通わせるというのも
一つの選択肢の一つとしておすすめである。外国にある日本人学校は、
みんな2〜3年で出入りするので、みんな転校生の気持ちがわかり、
やさしい。いじめなどがほとんどなくアットホームな雰囲気のところが
多い。学校以外は外国の環境なので、英語の勉強をするにも異文化を
経験するにもいい。

16歳〜18歳は、外国のインターナショナルスクールに通わせ、ビジネスで
世界で通用する英語をしっかりと身につけさせた方がいい。

19歳からの大学は、帰国子女扱いで、日本の有名大学に入るか、
そのまま、外国の大学に行ってもいいし、別に大学に行かなくてもいい。
日本語と英語をネイティブレベルでコミニケーションができ、
異文化をたくさん経験しているだけで、その子の人としての能力は高い。

インターネットで何でも調べられる時代となり新しい技術が次々と出て来る今、教室の中で机の上で、興味の持てない勉強をする意味はほとんどない。

母国語の日本語と英語の言語力をしっかりと深め、いろいろな体験から
自分で考え、学ぶ、問題解決をする、そういう教育をしていくべきである。

親が子供の教育として送ってやれるプレゼントは、学校というブランドではなく、マルチリンガルでマルチカルチャーな子供に、そして日本で、世界で経験をしたさまざまな体験が、何よりの教育だと思う。

極論を言えば、無理に学校に行かせる必要もない。興味さえあれば自分で
何でも学べる時代だ。それでも学校に行きたいと思える楽しい学校環境、
教育環境を親は子供として用意をしてやるべきだと思う。

子供は自分の成長の環境を自分で決められない。親がセッティングをして
やる必要がある。その環境や教育方針が子供の未来を決めて、子々孫々と
影響をしてくるのだと思う。

マレーシア、ペナンで暮らしてみて

マレーシアのペナンに1年以上、住んでいる。

子供を現地のインターナショナル校、Dalat International Schoolに通わせている。

ペナンでの親子留学でインター校に通う日本人も多い。それ以上に韓国人も多く、

クラスの半分ぐらいは韓国人である。実際、そのような環境に子供を通わせてみて

感じるのは、日本人としての心を育てたいと思っている私には、いかがなものかと

疑問に感じてしまう。こちらにいる韓国人の反日感情ははんぱなものではない。

おそらく、韓国人の大多数は、反日なんだと感じる。韓国人の親は、日本人には

挨拶もしないで無視をするような人がほとんどである。子供が仲良くつきあう相手は、

白人の子か日本人の子に限定されてくる。ペナンで日本人学校にも子供を通わせて

みたことがある。総評としては、子供はみんなやさしく、こちらでは日本人らしい

子育てができると感じた。子供が10歳〜12歳ぐらいになるまでは、母国語をしっかりと

教育した方がいいらしい。第二言語に力を入れるのはそれからの方がいい。

0歳から6歳、7歳ぐらいまでは家は日本語、学校は英語の学校に行かせ耳等を慣らさせておき、

小学校2〜3年ぐらいからは日本の学校がいい。中学のどこかのタイミングから再度、

英語の学校に行かせる。これが、日本人としての言葉、心をしっかりと持った子供の

教育の方法かと思う。ペナンでの子育てを約1年ほどしてみた環境としては、冬

場等にこちらで過ごすのは暖かいし、年中泳げるし最高だと思うけど、四季がないのと

日本的なサービスを受ける機会が少ないので、日本人としての繊細さを身につけにくい

場所に思う。

幼稚園から小学校1年生ぐらいの1〜2年をこちらのインターナショナルスクールに

通わせるぐらいがいいと思う。それ以上だと、日本人か外人かわからない中途半端な

日本人に育ってしまう。少なくとも、ここで大人になったとしても日本では通用しない、

また日本では適応しにくい大人に育ってしまう。では、うちの子供は次にどうするのか?

やはり、しばらくは日本人学校に通わせ(日本の公立か海外の日本人学校)

英語力が落ちないような環境をつくってやることだと思う。

次のステップは、海外の日本人学校に転校をさせることだが、できれば数年ぐらいの単位で、

ヨーロッパの国々で生活ができればいいと思っている。マレーシアはビザが取得しやすい

国であるが、ヨーロッパや他の国々は何かと難しいところが多い。子供たちが日本にいる間に、

自分が次の国のリサーチを現地に出向いて行い、生活の基盤、仕事の基盤を作った上で、

子供を次の国に呼びたいと思う。次に暮らす国の候補は、オランダ、イタリア、オーストリア、

オーストラリア、ニュージーランド、カナダである。オランダが比較的、日本人に対して移住しやすい

環境であるというので、近いうちにオランダに視察に行ってみようと思う。

オランダは、世界一、子供が幸せな国らしい。

GNH(国民総幸福感)を目指す社会へ

先日、台湾の前世占いをしてもらう機会があった。テレビ番組の不思議発見で紹介されていて興味を持ったので、家族でみてもらった。少し眉唾で行ったのだが、仕事や自分の事で言われることが、当たっているというより、心も含めていろいろなことが見透かされていると感じた。今までの私の中での理解や常識を超えた何かがそこにはあった。

沖縄にも、ユタという霊媒師のような占い師がいる。沖縄の人々は、重要な意思決定はユタに委ねる。(結婚や事業、家を建てるとか)それも、恐ろしいぐらい言い当てられる。言い当てられるのは、当たり前で、その人にとってどのような素晴らしい提案をするかどうかが、鍵なんだと、専属のユタを持っている人は言う。 私も、今回、台湾で占ってもらった経験で、通常では理解できない能力や世界を少し理解し、前世というのも信じるようになった。そう考える前は、いつ死んでも後悔しないように『今』を生きようと刹那的であった。前世、来世があると思うことで、永遠に生きるために自分を高めて行こうと変わった。前世がほんとうのところあるかどうかは、わからないが宗教というのは幸せになるため、もしくはよりよい社会秩序を保つための考え方、習慣みたいなものだと思う。前世や来世があると思うだけで、思考や行動が変わる。

しかし現代の世界で、さまざまな宗教はうまく機能していないように思う。 日本人は、経済成長よりも、物質的な豊かさよりも、精神的な豊かさ、つまりは、幸せになるための考え方、習慣、学問を必要としていて、再度、日本神道、日本仏教を見直し、さらに昇華させて、他の素晴らしい思想も取り入れたりしながら、心豊かな時代にしていくべきである。金融資本主義の次の世の中の仕組みは、『徳』をベースにした社会、法律、システム、ルールを切り替えて行く必要があるのではないかと個人的に思っている。夢物語かもしれないが、村単位では可能かと。小さな村の集合体が、国(小さな国)。そんな社会がいいのではないかと思っている。いずれにしても、ここ10年から20年で社会も国も世界もがらりと変わる。ならば、殺伐とした世界ではなく、いい世界に変わってほしいものである。

これからの社会を考える時に、ブータンが経済成長よりも、GNH(国民総幸福感)を指標としているのはいいお手本である。

ブータン国立研究所所長である、カルマ・ウラはGNHについて次のように述べている。「経済成長率が高い国や医療が高度な国、消費や所得が多い国の人々は本当に幸せだろうか。先進国でうつ病に悩む人が多いのはなぜか。地球環境を破壊しながら成長を遂げて、豊かな社会は訪れるのか。他者とのつながり、自由な時間、自然とのふれあいは人間が安心して暮らす中で欠かせない要素だ。金融危機の中、関心が一段と高まり、GNHの考えに基づく政策が欧米では浸透しつつある。GDPの巨大な幻想に気づく時が来ているのではないか。」

幸せになるための思想、哲学

日本の精神文化、東洋思想を研究した中村天風や安岡正篤の書籍は
秀逸だと思う。彼らのような思想家がもっと日本にも現れ、考えや
思想を発展して行ってもらえれば日本の未来も明るいと思う。

神道や仏教に興味を持ち出し、勉強をはじめると、仏教の起源や
道教、儒教などにも興味を持ち、いろいろと調べはじめてしまう。

老子、壮士、孔子等の中国古典の考え方も日本の精神文化の基礎と
なっているし、今でも、これからも通用する名言は多い。

その中でも、小欲知足。『欲を少なくして、足るを知る』は、
現代の物質至上主義、大量浪費文化とも言える現代の我々が
心するべき言葉に思う。

物質とお金で満たされても、満足せず、もっともっとと思う
心が貧しい。社会常識や他人との比較をせず、今で十分と思うと
心は満たされます。

男性はよりいい女性に気に入られるために、お金持ちになりたいと
がんばる。お金を持っている男性よりも、その人の精神性や
徳の高さ、品格等で男性を選ぶようになれば、日本の男性も変わる
と思います。

女性にとっても、男性にとっても、どのような相手と結婚するかは
人生で最も重要な岐路であり、決断だと思います。

見た目も大事ですが、お金を持っているうんぬん、相手の職業、
相手の家柄等で選ぶのではなく、相手の心で、選ばれると幸せに
なる可能性は高いと思います。

徳が高く、少欲知足の精神を持っている男女であれば、どんな困難や
苦労も乗り越えらると思います。

また、家族において大切にする考え方や家訓(戒律)がある方が
考え方や行動に明確な指針ができて、迷いが少なくなります。

宗教や哲学を持たず、社会の一般常識やメディアに考え方を洗脳されたり
していると、夫婦喧嘩は絶えず、本当の幸せは永遠に訪れません。

幸せになるための思想、学問として安岡正篤の書籍はおすすめです。

 

日本人と徳性

京都生まれの関西育ち、沖縄に10年前に移住した後、世界の各地での暮らしをはじめてみた。

海外で暮らし始めて感じ、思うのが日本人の素晴らしさ、日本の素晴らしさです。

日本での常識と比較して、海外ではいろいろとイライラとすることも多いですが、

実は、世界的に見て日本が特別に特殊な国であることに気付かされます。

沖縄も日本と比べて外国みたいな場所だったので、日本とは?日本人とは?と

よく考えさせられましたが、海外に来るとなおさらです。

日本にいてては、見えなかったことが、外から見るとよく見えます。

また、日本のテレビや新聞といったメディアから少し距離を置く事で、

さまざまなことが冷静に客観的に見る事ができます。

日本にいていたころは、メディアにすっかり犯され、思考停止状態であったと感じます。

しかし、日本の素晴らしさも含めて、日本にいててはそれに気づかなく海外に出て

はじめて、気づかされることです。

日本人、日本の文化が世界的にも特殊で素晴らしいと気づいた次には、何が、

日本人を日本人たらしてめているのか?

日本の素晴らしい文化、生活、習慣、食文化等は、なぜ、素晴らしいのか?

と、根本なる原因を考え始めるようになります。

例えば、日本人の遺伝子を持った人が、海外に移住して、子供も、孫もその移住先で

日本人の2世、3世と結婚しても、日本人の素晴らしさが引き継がれるのでしょうか?

日本語の言葉も引き継がれるのでしょうか?日本人の素晴らしさは、薄らいで行く、

消えて行くはずです。日本人が世界的に見ても、徳が高く、崇高な人種である原因は、

過去から引き継がれる日本の社会文化、言葉、生活習慣にあり、

そこに空気のようにしみわたっている、精神文化、つまり神道、仏教の精神に影響する

ところも大きいと思います。中国やタイなどの、他の仏教文化の国を見てみても、

日本のような高い精神性は持っていません。

すると、神道の存在と、日本において、日本人が仏教をいかに消化して、

生活に取り入れて来たかが、他の仏教国との違いを生んだものだと思います。日本人に

『なにか信仰はありますか?』と聞くと、ほとんどが『無宗教です』と答えが返ってくる。

私も、今まではそう答えていました。

しかし、気づいていなくとも、日本人のほとんどは神道と仏教の精神を空気のように引き継ぎ、

生活習慣、言葉の中に取り入れています。

キリスト教やイスラム教と違い、神道や仏教は宗教ではないと思います。

神道や仏教は幸せに生きるための、知恵であり、哲学であり、精神なのだと思います。

20世紀が物質的な豊かさを求める時代だったとすれば、21世紀は精神的な豊かさを求める時代に

なるはずです。20世紀は物質的に豊かになっても、お金持ちになっても、幸せでないという人が

ほとんどです。幸せの定義にもよるが、お金持ちになる=幸せ にならないのは明白です。

しかし、徳の高い人になる=幸せ(心が満たされ、豊かである)のは、間違いないでしょう。

日本の精神文化、生活習慣、文化、伝統、芸能を研究し、徳の高い人に少しでも近づけるよう

ブログをはじめました。はっきり言って、自分の思考深めていくためのメモ書き的ブログです。