他人の評価は気にしない

人は誤解される苦しみに耐えて一人前になる

人は誰でも他人から正確に理解されることはない。人それぞれ、育った環境も違うし信じる宗教、思想、考え方も違うし、夢や目標、価値観も違う。性別も違えばなおさらだ。国が違えば歴史や習慣、文化、言葉も違う。そんな中で、同じ物事や出来事のとらえ方も違って当然だし、感じ方、考え方、行動も違ってくる。他人を正確に理解するのは、家族でもない限り、相当、難しい。(家族でも難しい)また、自分自身も自分ことがわかっていないケースがほとんでだったりする。自分というものを理解することなく、日々の欲望や情報に振り回され、周囲や忙しい毎日に流さされ、それぞれの立場で外向けの色々な人格(仮面)を演じているうちに、本当の自分や自分の心がわからなかったりする。
また人の考え方も心も成長するので、5年前、10年前、20年前の自分と今の自分は違っている。人の本質的な性質や性格は変わらなかったとしても、考え方や心は成長を続け、違うものへの変化をし続ける。だから、その時々で他人に理解されなかったり、誤解されたり、不快に思うようなことを言われても一切気にすることはない。どちらかというと理解されないことや誤解されることがあたり前ぐらいに思っておいた方がいい。逆にあなたも他人のことは簡単に理解できないものだから、知ったかぶりなどせず、人のことを勝手な解釈でとやかく言うべきでない。
人は生きて行く上で、いろいろ人に迷惑をかけ、またかけられて、嫌な思いをする。お互いさまである。全員から好かれることは不可能だし無理に好かれようとすることもない。他人にどう思われようと全く気にする必要はない。他人の評価も全く気にする必要はない。
自然にあなたらしく、あなたの今のままで好きなように振る舞い、生きていけばいい。
子供は子供らしく、不完全で無邪気なのが素晴らしいの同じで、自分の年相応の不完全さで十分である。それが人として素晴らしいし魅力的である。

 

edit by 圓尾 伸三