シェアリングエコノミー

資本主義は、人間の欲をうまく活用したシステムで今まではそれでうまく発展してきた。がんばれば、がんばった分、見返りが期待できると、競争が生まれ、様々な物やサービスの質が向上した。もう一つの社会主義のシステムは、国が全体をコントロールするため、人々の自由はなく、がんばってもがんばらなくとも同じだと生産性は上がるはずもなかった。今までは、資本主義のやり方でよかったが、金融制度を含め、少しづつ、限界が見え始めてきている。金融資本主義の次に来るシステムにバージョンアップするか、大きく切り替えるか、する必要がある。自然資本主義という声もある。自然資本をもっと大切にしていこうという考え方であるが、それだけでは弱い。金融資本主義では、強欲であればあるほど、強い。徳の高い人だから成功するという制度ではない。お金が大好きで、多少人を騙そうが、儲けることを第一に考える人が今までの資本主義では、お金持ちになってきた。欲が、資本主義のエンジン、原動力なのである。欲が、社会を支える基盤だとしたら、この社会でどんなに幸せになろうともがこうとも、なかなか幸せは見えてこない。なぜなら、欲には、制限がないからである。手にすれば、もっともっととなり、際限なく、求め続ける。社会もメディアもそれを煽る風潮がある。みんな、踊らされ、メデャアや社会の奴隷となってしまっている。お金持ちでさえも。

天国と地獄の話で、天国と地獄にも同じ大きな釜があって、食事の時には、長い長いをそれぞれに持たされるという。地獄の人は、その長すぎる箸で、自分で満足に食べることができないので、もがき苦しんでいる。天国にも同じような、長すぎる箸で食事をするのであるが、天国にいる人たちは、テーブルの向こうに人にお互いに食べさせあっているので、おいしく食事をすることができる。資本主義の世界の人たちは、地獄の世界の人たちに近い。人のためによりも、まずは自分の欲望、エゴを最優先させる。

『奪い合えば足りない。分け合えば余る』という言葉がある。資本主義は奪い合いの社会である。

では、分け合う社会とはどのような社会なのか?持続可能性を考えた、シェアリングエコノミーの社会である。所有するのではなく、共有する。持つことに価値を置かず、環境や社会の持続可能性を考え、そして価値観を共有する人たちと、物やサービス、場所、空間を共有し、楽しむ。物欲や所有欲の少ない社会である。虚栄心や見えも少ない。

徳性の高い人が、サステイナブルであり、シェアリングエコノミーのビジネスや社会を実現すれば、未来は明る。そんな、シェアリングエコノミーの未来を考えるヒントとなればと、『シェアリングエコノミーが世界を変える』というブログを始めてみた。精神的にも、豊かになれる未来づくりに1mmでも貢献できればと思っている。

https://sharingeconomies.wordpress.com/

『奪い合えば足りない。でも分け合えば余るだけでなく、新しい価値が生まれ幸せになれる』

イースターブルックの進行逆説というのがある。アメリカの著作家の説であるが、経済的豊かさがある水準を超えると個人の幸福度が下降するという矛盾があると説いたものである。無制限にお金持ちになっても幸せになれないのだ。お金持ちになったら幸せになれるというのは幻想である。大切なのは心である。幸せは心が決めるのだ。大切なのは、『足るを知る』こと。今の金融資本主義のお金持ちは、この『足るを知る』を知らない。シェアリングエコノミーの時代に、この『足るを知る』という考え方や価値観が、根本的な基盤となる。心の貧しい人はシェアリングエコノミーの時代でも幸せにはなれない。

edit by 圓尾 伸三

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