徳育、徳学

徳とは何か?何をすれば徳を積めるのか?を考えてみたい。

徳とは何か?ネットの辞書なので調べると『身についた品性。社会的に価値のある性質。広く他に影響を及ぼす望ましい態度』と出てくる。日本人がなぜ、他の国の人々と比べ、徳性の高い人種であり民族なのか?それは、日本の中で脈々と流れる生活習慣、言葉、文化、教育などによるものである。徳性は先天的なものよりも、後天的な部分が大きい。要は、生まれからの生活習慣、生活環境、教育に大きく影響を受けるのである。特に、その人物の徳性を大きく決定づける子供時代の生活環境、習慣がその人物の徳性を大きく決定づける。

その中でも食習慣はとても大切な一つである。何を日々、食べているか?どのような食べ方か?どんな環境で食べるのか?医食同源や身土不二という言葉がある。どのようなものを食べるかで、その人の体や健康だけでなく、心にも大きく影響する。肉食中心か野菜や穀物中心かの食生活の違いでも、その人の体や心に与える影響はある。食がその人を決める。その人の人生を決める。What you eat is what you are.という言葉もある。飽食の時代の今、再度、食の重要性、食がどれぐらい、私たちに、そして私たちの健康に、人生に影響を与えているか見つめ直すべきである。その人の食を見れば、その人の徳のレベルも見て取れると思う。

日本は世界でまれにみる多彩な発酵文化の国である。その発酵文化からさまざまな色のバリエーションを生み出し、繊細なる味覚の違いなども生み出している。他の諸国の国の料理とは雲泥の差がある。食材や料理には作り手の心が反映される。日本料理は芸術的領域にまで達していると思う。禅の精神性を表現する精進料理にしても日本が世界に誇る料理だと思う。料理は心である。その心をいただく方も日々、感謝していただくことで心が育てられていく。心の食育である。

食事以外にも、身なりをきれいに整えること、部屋をきれいにすること、家の外も日々、きれいにすることは日本人なら当たり前にやってきた生活習慣であり、それがその人の心を育てる。物を大切にする、『もったいない精神』もその一つである。日本の昔ながらの日々の生活の中には、徳性を高めるものがたくさんあり、人々は気がつかないうちに、自然に徳を高めていっていたものである。しかし、現代ではそれは少しづつ、失われつつある。親も教師もマスメディアも徳性が低い人たちであると、そこで育つ子供の徳性も当たり前のように低くなる。子供は与えられた環境でしか、育つことができないので、自ら徳性を高めたいと思ってもなかなか難しい。(親の影響は計り知れない)

徳を積む習慣を意識をして送る。そしてそれを当たり前にしていく。それが第一歩である。無理して全部をいっぺんにやらなくても、プラスマイナスで1mmでもいいので、世の中のために一つでも、少しでも、前進をするいい行いをすればいい。その行いは人に見せるものではなく、人に知られることなく行って、自分が素直に気持ちがいい思える方がいい。世の中の人のすべてがほんの少しづつでもいいように世の中を良くする動きをすれば、未来は明るい。例えば、世の中のほとんどの人がそうでなかったとしても、その行動を見ているあなたの子供の未来は明るい。徳性の高い子供に育つからである。しかし、子供の時代は学校の環境も大事である。ある時期では家庭環境よりも学校や友人の環境に大きく影響を受けて場合によっては人格面まで影響を及ぼす。ひどい教師、ひどい友人ばかりの学校環境なら、学校に行かせない方がましである。

徳性を高めるための習慣行動を体に染みつかせ、自然と徳性を高めていく。そして次のステップは、その習慣によって凝り固まった自分の考えや呪縛から一旦、解放されるよう努力をしてみることである。手っ取り早い方法は、日本を離れて、世界で暮らす。そしてできれば、いろいろな国、いろいろな文化、生活に触れてみることである。強いカルチャーショックを受けるとともに、日本文化の素晴らしい点と改善すべき点などが少しづつ、見えてくるだろう。そうして、世界のいろいろなものと対比、比較検討することで、それぞれの習慣、考え、行動の理解が深まり、必要のないものは省き、また、素晴らしいものはさらに昇華させていくことができる。人は気付かないうちに、いろいろなものに縛られて自由を失って生きている。日々の習慣や当たり前と思っていること、社会の常識、世間の目などでしらずしらずに自分ががんじがらめに縛られている。また自分という個人を確立すればするほど、社会のおける自分というものをつくってしまい、また息苦しい生き方を強いられる。自分という個性をなくしたり、社会が自分をどう思っているかまったく考えなくなった時、人は自由になれる。また、知らず知らずに、自分の欲求を満たすためや(欲求だと勘違いしている)、問題解決のために購入したさまざまなものによって、目に見えない問題を生み出して、自分の自由を束縛している。持てば持つほど、自由を失い、放せば放すほど、自由になっていける。断捨離をすれば、少しはその気持ちがわかるはずである。人は持つことによって虚栄心を満たしたり、問題解決をしているつもりだが、自分自身の心を濁らせて行っている。必要最小限のもので質素に暮らすことが、徳性を高めていくためには一番、心地よい環境である。持っているもので、必要ないものは、できれば捨てることはしないで、ネットオークションで売るか、誰か使ってもらえる人に譲ろう。物を大切にするという精神である。捨てるという行為は徳性を低める行為だと思う。

そして次の徳性を高めるステップは、人を助け、喜んでもらい、笑顔にすること。それに喜びを感じることである。例えば、高級車に乗るのをやめて、その余ったお金で、誰か一人の命を救うことができれば、誰か一人の人生をより有意義なものに変える手伝いができたなら。大きいと思いませんか?その人、一人だけでなく、その人の子孫もずっと大きく影響することになるんですよ。よくある慈善団体に寄付をすることではありません。あなたは顔が見える形で直接、支援をするのです。お金ではありません。気持ちです。できる範囲でいいのです。例えば、カンボジアのゴミ収集をしている貧しい子供達を見て、自分一人の支援では限界があると絶望するかもしれません。無理して自分のキャパシティを超える無理なことをする必要はありません。自分の周囲の困っている誰かを、少しだけ笑顔にしてあげる支援でいいのです。その行為が、日常生活の中で無理なくやり続けられることで、あたなの徳性は高めていくことができるのです。

世界的に見て、日本人は最も徳性の高い国民で高い尊敬と評価を受けています。アジアにおける日本の評価というのは(中国と韓国を除く)、日本の評価は極めて高いです。江戸時代の士農工商の身分制度で言うと、いきなり日本人であるというだけで武士の偉いさんのポジションにいるようなものです。これは大変、ありがたいこです。日本人であるというだけで、世界のどこでも、簡単に信頼をしてもらえます。我々が海外に出た時は、今までの日本人の方々によって築きあげらた信頼を失わないようしっかりと品格ある言動、行動をすることともに、その日本人の素晴らしい徳性を世界に広めるという使命を持っていると思います。世界中の人が、日本人のような高い徳性を持った未来は明るいと思います。また、我々日本人は、お手本となり、その徳性をさらに高めていく努力を、日々、していかなくてもいけないと思います。

edit by 円尾 伸三

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